どうも、りさとです。
わたしは、
自己否定ばかりの社会不適合だった。
摂食障害、そして毒親育ちという
人生に絶望していた状態から
ビジネスに出会い、
環境や会社に縛られることのない
自由な生活を
手に入れることができました。
そして今は、
月収500万の収益化をめざして
日々前進しながら活動しています。
もともと自信がなさすぎて
コンプレックスの塊だったわたしですが、
あることをきっかけに
天と地がひっくり返るような出来事が
自分の身におきたんです。
そのきっかけとは、
『SMバーに通ったこと』
……え?
SMバーって?
艶々と輝いている
エナメルボンテージを着た美しい女王様が
ムチとか振るってるアレ?
蝋燭とか?
首輪とか?
手錠とか?
おそらく大体の方が
そうイメージされるでしょう。
概ね合っています。
……え??つまり
りさとさんって変態だったんですか?
って思ったそこのあなた。
そうですね、
概ね合っています。
もうビシバシされるのが好きで…
という冗談はさておき。笑
結論から言うと、
わたしにとってSMバーというのは
“人生のどこにも居場所がなかった自分がたどり着いた場所”
だったんですよね。
これは、
わたしの感覚なのですが
SMバーに来るお客さんや働いているスタッフ
SMに興味がある人たちは全体的に
何かしらの生きづらさを抱えている状態であることが圧倒的に多い。
その生きづらさの発端は、
幼少期に家族から虐待されてきたり
ネグレクトをうけたり過干渉だったりと様々。
過去のわたしがそうだったように、
とにもかくにも
自分の気持ちを
長い間ずーーーっと抑制されつづけ
いつのまにか感情が支配されていく人生を
歩んでいたのです。
例に、わたしと父親の関係性は
めちゃくちゃに悪いものでした。
史上最凶に最悪だったエピソードがあるので
少しだけお話します。
いまから数十年前。
わたしが子どもの頃、
ポケモンカードが流行っていました。
キラキラと加工された
レアなカードをゲットするたびに
収集していく喜びを感じて
とても大切に保管していました。
とある日の夜、
「バタンッッ!!」
「ガンッッッ!!!」
と、一瞬にして気分がわるくなるような
思わず手で耳を塞ぎたくなるような嫌な音が
リビングから聞こえてきました。
意味不明に機嫌のわるい父親が
壊す勢いでドアを乱暴にしめたのでしょう。
よくあることです。
すると、そうこうしてるあいだに
ドシドシと高圧的な足跡が
こっち(わたしの部屋)に向かってくる……
いつも心がざわめく瞬間です。
そして予想通り不機嫌な父親は、
わたしの部屋のドアをバンッッッ!と開け
すごい剣幕で当たり散らかしていきました。
わたしは、
そのときはまだ親に対しての
恐怖・諦め・絶望感・不信感のうち
恐怖しか抱いていなかったので、
ビクビクしながらも
親をムカつかせる態度をとってしまったのです。
すると翌日、
学校から帰って部屋に入ると
そこには目を疑うような光景が…
わたしが当時なによりも大切にしていた
ポケモンカードが真ん中から真っ二つに
切断され、テーブルにきれいに置かれていました。
それも、
一枚だけではなく、
何十枚も。
もちろん、
狂った父親のしわざでした。
「え????」
「は???」
「なんで………」
「酷い………」
もう意味不明に現実が苦しすぎて
息がしづらくなってきます。
なんでこんなことできるんだろう…。
でも、
きっとわたしが悪かったんだ。
と自分を責めたり、
絶対にゆるさない、
いつか仕返してやるんだ。
と憎しみを抱いたり
感情がジェットコースターのように
ぐわんぐわんに揺れ動かされ
疲弊する日々を20年以上も過ごしていました。
悲しくてつらくて
部屋を真っ暗にしてすすり泣く日も
多かったです。
とくに、こども時代のわたしは
そんな酷い出来事があまりにも多すぎました。
はじめは、
歯を食いしばるほどに悔しく
涙が頬をつたっていましたが
そんな日々も”日常”になれば、
我慢するのが当たり前になる。
そうしていくうちに、
涙も枯れ果て
心から感情というシステムが
消え失せてしまった。
一種の自己防衛反応なんでしょうね。
次第に、
やりたいことも夢も希望もぼんやりして、
「はやく楽になりたいな」
「いつしんでもいいや」
って、
生きていくことに絶望感しかなく
文字では伝えきれないほどの
ひどい希死念慮に襲われる日も多かったです。
このような、いわゆる、
家庭が機能しておらず
親が親の役割を果たさず
『家が安心できる場所ではなかった』
わたしは、
親からの支配により
だれからも真の愛情を受けとることができずに
心が傷ついたまま感情も彷徨いつづけたまま
大人になってしまった。
そして、
息苦しいほどに
強烈な生きづらさを抱え込んでいたのです。
そんな過去のわたしのような
苦しみを抱えた多くの人が
SMバーにたどり着いているんだ
ということに気づきました。
“愛着障害があると性的倒錯しやすくなる”
“愛着障害があると恋愛依存しやすくなる”
と聞くと思い当たる節がある方も
いるでしょう。
わたしは、
自分の実体験を通して
「まさにこれだ……」
と納得しまくりでした。
ちなみに
「俺、ドSだからさ〜〜」
「俺、Sの女をMに変えるのが好き〜」
「アタシにいじめられたいならp○ypay送金しな」
とかいう
なんちゃってSMの人は論外です。
こういうことを言う人たちは
“SM”を利用しているヤバイ人
の可能性がめちゃくちゃに高いので
偶然にも遭遇してしまった際には
まじで気をつけてくださいね。汗
生粋の人たちは
SM=究極の愛情表現
といったりもします。
生きていく過程で欠如したもの
満たすことができなかったものを
取りもどすかのように
はたからみると少し歪んでいるかのような
愛情表現をとおして
パートナーとの信頼を構築をしながら
お互いを尊重し合える関係を楽しんでいるのでしょう。
わたしは、
SMバーに7年ほど通いつづけたことで、
自分とそっくりな人生を
生きてきた人たちとたくさん出逢いました。
そのなかで
自分の問題(生きづらさ)に気づき
自分で自分を育てなおすことができたのです。
育てなおすって?
どういうこと?
いきなり言われても
よくわかんないですよね。
SMバーに通っただけで
あれだけ自信がなくて人目ばかりを気にして
気にしてるわりに
インスタで自撮りをバンバンあげまくり
承認欲求の塊だったメンヘラ(わたし)が
完全に自分を取りもどし、
自信がつき人生が大きく好転したというんです。
うーん、やっぱり意味わからん…
と思った人が大半だと思うので
詳しく説明していきますね。
ちなみに、
見事に真っ二つにされたレアなポケモンカードは
いまでは一枚まさかの数百万円という価値がついているそうです。
わたしの父親は投資家には向いてないですね…(笑)
1 なぜ人目を気にして生きづらさを抱えたわたしが克服できたのか?
さて、
SMバーが”ようやく自分の居場所”だと
実感していた当時のわたしですが…
そう感じた一番の理由が、
自分と同じような境遇を歩み、
生きづらさで苦しんできた人が
圧倒的に多かったということなんです。
SMバーで出会った
KさんというS女性がいました。
その女性は、
10歳くらい年上で背はすらりと高く
長い茶髪とハイヒールがよく似合う
妖艶な風貌でとてもカッコいい淑女でした。
外見だけみると
なんとも話しづらい雰囲気をかもしだす
麗しい女性。
無償で声をかけるのが
おこがましいと思ってしまうほどです。
(そう思うと、ナンパする人ってすごいな…。唐突に話しかけて相手の時間を奪うんだもの)
そんなKさんとの出会いが
のちにわたしの運命を
大きく変えることになるなんて
当時は知る由もありませんでした。
「りさとちゃんと遊びたいな〜〜」
美しいKさんに
まさかの初対面で言われた言葉に
(L)GBTのわたしはきっとタコみたいに
顔を赤らめていたでしょう。
そして、
思わずほっぺたをつねりそうになりました。
(えっ?いいんですか?そもそも遊ぶとは?なにして?いえいえそんな下心なんて!)
心の声がダダ漏れしそうになりながら
「あっ…はい!ぜひ!」
としか言えずにいると、
Kさんはショルダーバッグからスマホをとりだし
連絡先を教えてくれました。
そして帰り際、
笑顔で「またね」と言われて
それから数日後。
わたしのスマホに新着LINEが。
「りさと〜、今日ごはん行ける〜?」
(ええっ…今日ですか?!)
と唐突な連絡に驚きながらも
「もちろんです!」と返信し、
すぐに支度をはじめる自分にも驚くわたし。
なぜなら、当時のわたしは
急な予定ができたり
とにかく予想外のできごとが
めちゃくちゃ苦手だったんです。
それにも関わらず
信じられないほどのフッ軽っぷりを発揮したのは
美人の力と自身の服従心(M心=サブミッシブ)でしょう。
それと、
呼び捨てにグッときたというとこです(聞いてない)
支度を終え、
急ぎ足で目的地のごはん屋さんに到着すると、
すでにカウンターで飲みはじめているKさん。
どうやら行きつけのようで、
お店のオーナーさんとカウンター越しに
楽しそうに談笑していました。
合流すると、
Kさんがオーナーさんに
わたしのことを紹介してくれたり…
こんな幸せなごはん食べたことないよ…
っていうぐらいに頬っぺたおちまくりの
幸せの味がするハンバーグを
食べさせてくれたり。
わたしはこの当時、
緊張しながらも、
不思議と心がほぐれていく感覚を
覚えました。
常に家のなかで不自由と不安を
感じながらガチガチに負にまみれた
生活をしていたわたしですから。
そんなこんなで、
Kさんたちとの癒しの時間と
居場所がない自分の家とのコントラストに
幸せと違和感を次第に感じていったのです。
それからKさんは、
たびたび遊びに誘ってくれました。
色々なご飯やさんに連れていってくれたり
ドライブに連れていってくれたり
人生初の温泉に連れていってくれたり…
そんな”安心”できる空間で、
楽しくて笑顔がふえる時間を
たくさん過ごすごとに
帰る家の窮屈さや居心地のわるさが
自分のなかで目立っていき
「帰りたくないなー。」
「抜け出したいなー。」
と自然と思えるようになりました。
いままで、
長年のいびつな環境下から
“この家から抜け出すことは不可能だ”
“わたしは親の機嫌をとらなければならない”
“わたしが自立するなんてできるわけがない”
なんていう
おかしな思考回路に染まってしまっていて
なかなか呪縛を解けずにいたのです。
わたしはこのとき
もうすでにいい大人でしたが、
ようやく素直な自分の心の声に
気づけた気がしました。
それからわたしは、
少しずつ心を開いていったKさんに
思い切って自分のことを話してみました。
威圧的な親の機嫌をとって生活してきたこと。
幼少期から暴言や暴力、精神的な支配があったこと。
実はメンヘラで生きづらさを抱えていること。
摂食障害になったこと、など…。
自分のことを人に話すのなんて人生で初めてで
かなりの勇気がいりました。
何度も文章を見直しては
削ったり付け加えたりして、
日付が変わるくらいのときに
思い切って送ったLINE。
返信がくるまでそわそわが止まりません。
胸に手をあてなくても
はっきりと聞こえるくらいに心臓バクバクで
息苦しくなってくるほどです。
そうこうしているうちに、
新着LINEが届きました。
もともとレスポンスが超絶はやいKさんからでした。
返事がきただけでこんなに安心する?!
って思うぐらいに内容をみる前から
心がほぐれていきます。
Kさんからは、
「そうだったんだねー。
それは大変だし辛かったね。
いままでよく我慢してたね。キツかったでしょ。
わたしもね、母親が過干渉で昔は勉強ばかりさせられて、
いわゆる教育虐待がすごくてさ、限界がきて若い頃に家を飛び出したんだよー。
親の呪縛って子どもを苦しめるから、
飛び出したあとも結構大変だった。
摂食障害になったりして。
りさとはさ、今こうやって
育ってきた環境が普通じゃなかった、苦しかったってことに
気づけたことがすごいことなんだよ。
自分のために気づいてあげられた。
それってめちゃくちゃすごいこと。
だから、たくさん自分を褒めてあげて。
あと、話すことはデトックスだから。
なんでも話してね。」
と返信があり
わたしは、
内容を見た瞬間から目頭が熱くなり、
もう
ぶわーーーーーーーーーーっっと
涙がポロポロポロポロ
とまらなくなってしまっていました。
いきなりこんな話して
引かれるかもしれない…と
数分前まで思い込んでいたわたしの心と
いままでの沈殿しきっていた
ズタズタに傷ついていた心の苦しみが
Kさんの言葉をみた瞬間から
一気に救出されました。
まるで、
心にガーゼを巻かれていくような
心が治癒していく感覚です。
しかも、なんだか無条件に
褒めてくれるじゃないですか。
あなたは女神ですか。。。
気づかせてくれたのはKさんなのに。。
それにKさんも摂食障害を経験していたなんて。。
摂食障害の辛さを経験して
地獄のような苦しみを味わったわたしは、
Kさんの話を聞いて
(Kさんってすごいな…。
Kさんもあんな苦しい経験してきたってことだもんな…
それでいまは生き生きと自分の人生を
謳歌しているってかっこいいな。
Kさんも色々あったんだろあなぁ…。)
と、
ますますKさんのことを
尊敬する気持ちがあふれてきました。
それからKさんは、
「自分のことを大切にしてくれる人を大切にする」
これが
人生がうまくいく究極の方法だということを
教えてくれました。
2 わたしが生まれ変わった方法とその解説。
わたしは、
Kさんをきっかけに
“自分の家庭環境が異常だった”
“親が毒親だった”
ということを知り、
ネットやTwitterなどで色々と調べ始めました。
すると、
長年猛毒におかされていたわたしの心には
すぐには受けとめるのが難しいほどに
衝撃な話がたくさん転んでいました。
たとえば、
“親を捨てることに罪悪感を抱かなくていい”
“自分のことを大切にしてくれない人は大切にしなくていい”
などなど…。
とにかくずーーーっと
人目ばかり気にして生きてきたわたしには
(嘘でしょ…ええっっ?……まじか……)
と、まるで雷が頭を撃ち抜いたような
衝撃を受けました。
そんなそわそわする時間を経て
困惑もありましたが、
Kさんの助言もあって
まずは自分を大切にする。
とにかく、
まずは自分の気持ちを一番大切にする
ということを
生まれてはじめてやってみました。
そして、
わたしは親に傷つけられて生きてきた。
我慢ばかりして辛かった。
言いたいことも言えずに苦しかった。
抑圧された生活が嫌だった。
毎日毎日機嫌とりたくなかった。
愛されたかった。
という
心にフタをしてきた気持ちを吐き出し、
いままで自己否定と自己不一致を
“当たり前”にしていた自分と決別していきました。
それから
自分の気持ちを大切にしていくことにより
いつのまにか
自分のことを認められるようになり、
どんな自分でも好きになれるようになりました。
たとえば…
「人の気持ちを考えすぎてしまうことが多かったけど、親から受けた長年の影響からきていたんだな…。でも、相手の喜ぶことを考えられる自分は好きだし、喜ぶ顔を見ると幸せ。それが今ビジネスにおいてもすごく役立ってるから結果的に感謝してる」
「もともと頭がよくない自分だっていい。いまは色々なことに興味があるし、夢のために一歩ずつ頑張ってる。そんな自分を大切にしたい」
「慣れない料理で完成までに時間が掛かっちゃうし、火は通ってないしで笑っちゃうけど、失敗からは学べることしかない」
「ファッションセンスがちょっと変なところもかわいくていいよね。好きなものを着て楽しんだもの勝ち」
「苦手なことも多いけど、人には迷惑かけてないから大丈夫。苦手を克服していくごとに成長できる。成長の先には成功がまってるから」
「いままでは、人に頼るのは甘えているようでそんな自分が許せなかったけど、どうしてもの時は頼ってもいいんだよね。しかも、頼られると喜んでくれる人もいるんだよ」
とかとか。
おおおお…
これが自己受容というものか…
と自分を受け入れるたびに実感しました。
このように
自分について知って受け入れるたびに、
人から褒められることなんかも
昔だったら
「いえいえわたしなんて全然ダメだしやめてください…」
と卑下していたところ
「嬉しいです。ありがとうございます!」
と素直に受け入れられるようになり、
そんな自分を周りの人が
大切にしてくれるようになりました。
いま思えば、
わたしは自分のことを
知らなすぎたんですよね。
そうやって自分で自分を育てなおすことで、
少しずつ自信がもてるようになったのです。
すると、
いつのまにか人の目も気にすることがなくなり
ずっと生きづらさと二人三脚していた人生から
どんどん解放されていったのです。
心の悲鳴SOSにあなた自身が気づけたなら、
悪い状況からはいつか必ず抜け出せます。
Kさんからの言葉を、
過去のわたしのように苦しんでいる人に伝えたいです。
『つらい、苦しい、抜け出したい』
って気づけたことが、すごいんだよ…と。
もうすでに、
大きな一歩を踏み出しているってことなんだよ、と。
そして、
いままで苦しい思いをしてきた体験こそが
これからのあなたを
将来的に支えてくれるようになるのです。
詳しくはこちらのブログをご覧になってみてください。
続きが気になる人はぜひ
他のブログ記事やメルマガを読んでほしいです。
長くなってしまいましたが
最後まで目を通していただきありがとうございます。
泣いても笑っても怒っても
社会不適合者でも
毒親育ちでも
摂食障害でも
LGBTでも
Sでも
Mでも
たった一度きりの人生。
後悔ないように生きていきたいですね。
ではでは!
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わたしは、
”自動化できるビジネス”に
出会ったことで、
時間、環境、人間関係に
一切縛られることなく、
PC一つで月100万以上の
収益化を達成し、
経済的自由人になることができました。
そんなわたしですが、
10代〜20代は自己否定の毎日、
さらに、
強烈な生きづらさを抱えるなかで
摂食障害を患い、絶望する日々を
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